「あなたの心に…」

第3部


「アスカの恋 怒涛編」


Act.52 アスカは二刀流?

 

 

 京都の夜。
 私は3人部屋で、同室はヒカリと…レイ!
 あそこでシンジからあんなことを聞いてから、多分私は思いきり挙動不審。
 あのレイだから何かあると絶対に気付いてる。
 私をじっと見ているその視線が痛いもん。
 ヒカリは一生懸命に場を和やかにしようとしてくれるけど…。

「と、トランプしようか?」

「そ、そうね。ば、ババ抜きでも…」

「いい。したくない」

 一刀両断に斬られた。
 また、沈黙。
 まったく何てことなの。部屋のテレビは壊れてるじゃない。
 沈黙が怖い。

 そして、ヒカリは友情を見捨てたの。

「あ、思い出した。班長の寄り合いがあったんだ。行って来るね!」

 良心の呵責だと思う。
 ヒカリは私の方を見もしないですたこらさっさと部屋を出て行ったわ。
 そして、また沈黙の世界。
 ピンが落ちても聞えるって感じ。
 私は窓際の椅子に座って、レイは部屋の真ん中にでんと座っている。
 手持ち無沙汰。
 仕方がないから、近くにあったお煎餅を齧る。
 ぼりぼりぼりぼりぼりぼり…。
 うわっ!お煎餅の音ってこんなに大きかったっけ。
 一枚をやっとこさで食べてしまうとまた沈黙の世界がやってきた。
 どうしよ…。

「シンジさんは何を言ったの?」

 ひっ!
 いきなり喋った。

「な、な、な、何も」

「嘘吐き。あの時お話していたじゃない」

 レイの瞳が私を見据える。
 一度その瞳を見てしまうと、もう目を逸らすことはできなかったわ。
 でも、ここは嘘を突き通さなきゃ。
 シンジが私と一緒に神戸に行ってくれるんだもん。

「ああ、あれ?あれは惚気よ、惚気。
 シンジったら、アンタのあそこがいい、ここがいいって…」

「やめて!」

 レイが叫んだ。
 驚いた。
 この子がこんな…。

「嘘吐き!大嘘吐き!」

「で、でも…」

 私を嘘を上塗りしようとしたけど、その言葉は宙を彷徨った。
 だってレイの目が潤んでいたんだもん。
 とても哀しそうに…。

「シンジさんがそんなこと言うはずない…」

 聴こえた。
 確かにそう聴こえた。
 口の中でぼそりと言っただけだったけど、その声は私に届いてる。
 どういうこと?
 シンジが恋人のレイのことを惚気るのは…。
 あれ?そう言えば、アイツがはっきりとレイのことをどうこうって…。
 ちょっと待って。わかんなくなってきた。
 私は籐椅子に深く腰掛けて考え込んだ。
 でも、あの二人を見ていると相思相愛の恋人同士そのものじゃない。
 それなのに、どうしてレイがこんなに哀しそうに…。
 ふとレイを見ると、彼女は座布団の上に突っ伏していた。

「レイ?」

 私の問いかけに答は返ってこない。
 慌てて近くによると、どうやら眠ってしまったみたい。
 時計を確認したら、私が考え込み始めてからもう1時間近くにもなる。
 げげっ!
 私はぱぱっとお布団を敷いて、レイを抱きかかえた。
 軽い…。
 そうよね、病弱だったって言ってたもの。
 お布団の上にふわりとレイを横たえる。
 ふぅ…泣き寝入りだなんて子供みたい。
 はは、そういやここ最近私もしたことあったよね。
 ま、これで静かになったし…と、また物思いにふけろうとしたら…。
 何かが邪魔をしてる。
 身体を起こすことができない。
 見ると、レイが私のジャージの裾をしっかりと握っている。
 苦笑して外そうとしたけど、ぎゅっと握りしめてるので起こすか裾を切り取るかしないと無理。
 あ〜あ、もう何てこってしょ。まったく。
 私は仕方なく恋敵の横に身を横たえた。
 レイの頬に涙の痕。
 かわいそうに…って、まだ同情してる!
 どうしてこう、この娘には物凄い敵愾心をもてないんだろう?
 とんでもない恋のライバルだっていうのに。

 30分以上経った。
 ヒカリは帰ってこないし、レイはすやすや眠っている。
 私はというと、眠れないわけ。
 シンジの言葉が気になって仕方ないもん。
 アイツはどうして三日目の自由行動で私と同行するだなんて言い出したんだろう?

「レイ…アンタの彼氏はどうしたんでしょうね?」

 私は小声で呟いた。
 レイの寝息は変化も見せず、すやすやすや…。

「アンタがピッタリくっついてるのに神戸になんか行ける訳ないじゃないよね」

 私は苦笑しながら言った。
 レイのおでこを指ではじく真似。

「トイレ以外はずっと一緒じゃないの。外出中は」

「ええ。そうしてます」

 レイの瞼が開いた。
 その瞳がまっすぐに私を睨みつける。

「げっ!アンタ起きてたのっ?」

「はい。ずっと…」

 すっと微笑が広がる。
 やられた。
 まったく何て子だろ。
 1時間近くも狸寝入りしているだなんて!

「ありがとうございます。
 神戸でシンジさんを誘惑するつもりなんですね」

「違うってば、それは…」

 それはシンジの方が言い出した。
 そう告げるのが凄く躊躇われたの。
 レイがどんなに悲しむかと思うと。
 ああっ!ホントに私ってば!

「私、絶対にシンジさんを行かせません。
 惣流さんはお一人でどこへでもどうぞ」

 表情も崩さずに、そっけなく言う。

「はいはい、わかったわよ。
 じゃ、私は…」

 自分の布団を敷いて眠ろうとしたんだけど、
 やっぱり身体を起こせない。

「な、何?」

「離しません」

 レイがにっこりと笑った。
 さっきから握りしめているジャージの裾はそのまま。
 その上、今度は私の左腕をしっかりと抱え込んだの。

「きゃっ、な、何すんのよ!」

「あなたは何をしでかすかわからない方ですから。
 放って置くとシンジさんのお部屋に夜這いでもしかねませんので」

「よ、よ、よ、夜這いっ!」

「はい。夜這い」

「あの部屋には他の男子もいるでしょうがっ!」

「あら、では誰もいらっしゃらなければ、夜這いをするということですね」

「ば、ば、ば、馬鹿っ。そんなことしないわよっ!」

「信用できません。ですから…」

 レイはさらに力を入れた。

「い、痛いってばっ。離しなさいよ。誓って夜這いなんかしないから」

「あなたの言うことは信じません。絶対に離しません」

「あ、そうだ。トイレっ!トイレ行きたい」

「嘘。ふふ、例え嘘でなくても離したりしません」

 レイは本当に嬉しそうに笑った。
 ああ、何だか前の仲がよかったときみたい…。

「そんなっ!本当だったらどうすんのよ!」

「ほら、やっぱり嘘。惣流さんは嘘吐き。くすくすくす」

 どうして?
 どうしてこんなに楽しそうなの?
 私とシンジが神戸に行くことを聞き出せたから?
 私が困っているのが楽しいから?
 レイってサドの女なの?
 ……。
 どうもそうは思えない。
 今のも私に向かって馬鹿なことをしているのが楽しいって感じだった。

「じゃ、おやすみなさい」

「あ、こら。ホントにこのまま…」

 レイは瞼を下ろした。
 この子は頑固者だから、本当にこのまま寝るつもりなんでしょうね。
 仕方がない。
 ま、エアコンも効いてることだし、くっついて眠っても別にいいか…。
 …って、何だか、私も眠くなって……。


 そのまま私は眠ってしまった。


 夜中にふとこんな声を聞いたような気がする。
 「ごめんね、アスカ…」と。
 その時はヒカリだと思っていた。
 私を見捨てて他の部屋に逃げ出していた、薄情なヒカリが懺悔していたのだと。
 だから気にもとめてなかったの。
 半分以上寝てたし。
 朝起きた時にはそのことはほとんど忘れていたわ。
 お布団の上には私ひとりが大の字になって眠っていた。
 だからお布団はいやなのよ。
 枠がないから思う存分暴れまわれるんだもん。
 てことは、レイは蹴飛ばしてしまったとか!
 慌てて周りを見てもレイのレの字も見受けられない。

「レイなら朝っぱらからデートに行ったわよ」

 その声の主は早くも制服に着替えて、髪の毛のお手入れ中。

「あ、オハヨ。ヒカリ」

「おはよう。アスカって凄い寝相なのね。とても碇君には見せられないわ」

「いつもベッドだもん」

 言い訳にしかならない言い訳をする。
 
「なるほどね。ベッドなら枠があるか、崖になってるからあまり暴れられないと」

「そうそう」

「言い訳よね」

「ぐふぅ」

「でもまぁ、あなたたちいったい何?」

 ヒカリが胡乱気な表情で私を見つめる。

「あなたたちって、私と…レイ?」

「そうよ。恐る恐る部屋に戻ってみたら、びっくりするじゃない」

 私が座っているお布団を眺めるヒカリ。
 そりゃ、びっくりして当然よね。
 一触即発の二人が仲良く一つの布団で眠ってるんだもんね。

「アスカって両刀使いだったの?知らなかった…」

「へ?何それ」

「碇君だけじゃなくて、綾波さんのことも好きだったんだ。
 でもさ、碇君が振り向いてくれないからって、その彼女に手を出すだなんて。
 アスカって、不潔っ!」

「ち、ち、ちょっと、待ってよ!私はレイになんて手なんか出してないわっ!」

「だって、あんなの見せられたらそうとしか…」

 私はまさかと思いながらも、不安で一杯だったわ。

「あ、あんなのって?」

「アスカの身体にぴったり抱きついているのよ。
 あなたの肩に頬を寄せて、とっても幸せそうに微笑んじゃってさ。
 私はてっきり碇君を奪回するために、アスカが綾波さんを力づくで…」

「ヒカリ?」

「ん?」

「よくもまあそんないやらしい想像できるわね。アンタの方が物凄く不潔じゃないの?」

 ヒカリが真っ赤になった。
 そして何かブツブツと口の中で言って、それから突然布団をたたみだしたの。

「アスカ、時間、時間!朝ごはん食べられないよっ!」

 もう、急に委員長の顔に戻らないでよ。
 でも、朝ごはんは大事。
 私も立ち上がって、布団をたたもうとした。
 見下ろすとそんなに大きくもない一人用のお布団。
 まだ中学生と言ってもここで寝るのだったら、くっつかないと無理よね。
 私はくんくんと自分の身体を匂ってみる。
 別にレイの体臭なんかしないし、汗臭くもない。
 エアコンが効いていてよかったってことか。
 だけど、昨日の夜のレイは…。
 シンジのことを聞き出すまでは別として、
 そのあとは私にくっついて眠る必要なんかない。
 いくらなんでも私が夜這いなんかしないことはレイだってわかってるはず。
 それなのに、私に寄り添って…抱きついて寝ていたって…。
 あ、もしかして夜中の「ごめんねアスカ」って…!

「ヒカリ。アンタ、昨日の詫びは?」

「へ?」

「都合よく委員長のお仕事に目覚めちゃって、私を置いて出て行ってくれたわよね。
 その上、全然帰ってこないし」

「あ、覚えてた?」

「あったり前でしょうが。で、何時ごろに帰ってきたのよ」

「2時…過ぎてたかな?」

「まさか鈴原のところじゃないでしょうね」

「と、と、とんでもない。綾子たちのところよ」

「あ、そ。で、もう大丈夫かと恐る恐る帰ってきたわけだ」

「はは、大丈夫だったね」

「ヒカリ!」

「ごめん、アスカ。その時に謝ろうとしたんだけど、あんな二人には近寄れないわよ。
 だから何も言わずに、私も眠っちゃった」

「そうなんだ…」

 ということは、あの「ごめんね」はレイが言ったか、それともマナの同業者か。
 ここはやっぱりレイが言ったって方が自然よね。
 でも、どうしてレイが私に謝らないといけないの?
 それにあれからずっと、私のことは惣流さんなのに。
 う〜ん、私の最高級の頭脳でもわからないわ。
 


 2日目は奈良。
 昨夜の奇妙な行動について、レイは何も言わない。
 それどころか元の氷のような反応に戻ってしまったの。
 いったい何が何やら。
 あ、もしかして、私を油断させてってこと?
 何だかそれも違うような気がする。
 楽しげに鹿と戯れるシンジとレイの二人をぼけっと見ていると…。
 持っていた鹿せんべいごと私の手も食いちぎられそうになる。
 危ない危ない。
 私はその獰猛な鹿を睨みつけてやったわ。
 すると、鹿も私に恐れをなしたのか、おとなしく鹿せんべいを口に何処かに歩いていった。
 ああ、怖かった。
 持っていたの全部あげたのがよかったのよね、きっと。

「はは。流石の強気なお嬢さんも鹿には負けるのねぇ」

 その言葉よりも先にわかった。
 だってぷぅ〜んとお酒の匂いがするんだもん。
 私は振り返った。
 そこに笑って立っているのは京都で会った女探偵さん。
 その手にはまた缶ビールが握りしめられていたわ。

「何か、用?」

「あ〜ら、冷たいんだ。私たちの力が必要になるのになぁ」

「は?何のことよ」

「明日、アンタとあの色男の僕とは手に手を取り合って、神戸に行くんでしょ?」

「げっ!どうしてそれを」

 びっくりしたわ。
 だってそれを知ってるのは、当事者二人とレイだけじゃない。
 あ…そっか。

「冬月さんでしょ。情報源は」

「あったりぃ。お嬢様があのおじいさんに調査を依頼して、で、うちに流れてきたわけ」

 酔いどれ女探偵は楽しそうに笑った。
 
「そこでアンタに協力してあげようってわけよ」

「どうして?」

「依頼よ、依頼。私たちはビジネスで探偵してんだから、依頼がないとてこでも動かないわ」

 お酒を奢ってあげれば動きそうな気もする。
 でも、私は野生の本能でうかつなことは言わない方がいいと決めた。
 敵に回すにしても味方にするにしても、この人たちは一筋縄ではいかない……ような気もする。
 あまりにふざけた3人組だからね。

「で、残りの二人は?」

「ん?アイツはバスガイドの尻を追っかけていったわ。もうっ!」

 ぷしゅっ!
 彼女が握りしめていた缶が破裂した。
 げげっ!何て力なの?

「わわわっ!勿体無いっ!」

 噴出すビールに慌てて口をつける酔いどれさん。
 あまりに見え見えだけど、どうもあの腰の軽そうな無精ひげの探偵のことが好きみたいね。

「で、尼さん探偵は?」

「今日は鹿にでも化けてるんじゃないの?さっきの獰猛なのがそうだったりして。あははっ!」

「失礼な。さすがに肉体を変形させる技術はないわ」

 バスガイドが無愛想に言う。
 わっ!いつの間に。

「あら、リツコ。今日はバスガイド?似合わないわね」

「仕事だから仕方がないの。で、もう聞き出した?」

「まだよン」

「遅いわよ。さあ、あなた」

 バスガイドのコスチュームに身を包んだ金髪黒眉毛は私に向き直った。

「何よ」

「さっさと喋っておしまいなさい。さもなくば少々手荒なことをするわよ」

 にこりともせずに私を睨みつける。
 こういう態度で来られると、反抗してしまうのが私なのよ。

「ふん。死んだって喋るものですか」

 お互い、何を喋るのかということが欠落している。
 まあ、何でもいいけどさ。

「うわっ!いいぞぉ、やれやれっ!」

 そして無責任に煽っているのが約一名。
 バスガイドはポケットに手を入れた。
 何を出す気?

「こんなものは使いたくないけど。特製の自白剤よ」

「自白剤!」

 どう見てもスタミナドリンクにしか見えない、その壜を彼女は私にかざしたわ。

「はん!そんなもの飲まされても何も喋ったりはしないわ」

「甘いわね」

 バスガイドの目がきらりと光った。
 来るっ!
 バスガイドはいきなり壜の蓋を開け、その中身を無防備だった傍らの人間の喉に流し込んだ。

「げっ!うえぇぇ〜。まっずぅっ!」

 な、仲間割れ?
 バスガイドは私を見据えてこう言ったわ。

「サンプルよ」

「り、リツコ、アンタ、私をそんな…」

「あなた、加持君のことをどう思ってるの?」

「え?加持ぃ?はははっ!
 愛してるに決まってるじゃない。ねぇ」

 私に相槌を求められても困る。
 はっきり言って、シンジ一途の私にとればあんなのはただのおっさんに過ぎないもん。

「あら、あんなに女蕩らしでも?」

「何言ってんのよ。あれでもね、きちんきちんと私のことも気にしてくれてんのよ。
 そんな時は、アイツ、私を裸に…」

 バスガイドの手が蓋をした。
 それでも酔いどれさんは喋り続けてる。
 明らかに放送禁止用語を羅列しているようだ。
 もう!私はまだ中学生なんだからねっ!
 あんな大人にはならないようにしよう。
 私は固く心に誓ったわ。

「見ての通りよ。あなたもこんな無様な姿になりたくなかったら、さっさと話す事ね」

「何を?」

「すべてを」

「は?」

 その時、やっと私にはわかったの。
 このコスプレ探偵は何を聞き出せばいいのかを知らされていないのだと。

「すべてって、どこから。私が生まれたとき?
 それともパパとママが出会ったときから話をはじめましょうか?」

 ふふふ、惣流家のネバーエンディングストーリーを聞きたいってわけね。
 オリジナルじゃないから微に入り細にわたりじゃないけど、ごめんね。
 もしそれを聞きたいならママに頼むことね。
 ダイジェスト版じゃないから、拷問並みの快感を得られるわよ。

「それはいいわ」

「どうしてよ」

「あなたの生い立ちは調査対象になってないから」

 そっけなく言うその口調にむかっ腹が立つ。
 だって、あんまりじゃない。
 私は膨れて見せたけど、そういうことをしてもこの女には何の影響も与えないみたい。

「話して欲しいのは明日のスケジュールだよ。なぁ、リッちゃん」

 出た。三人目。
 ニヤニヤした無精ひげがバスガイドの肩口に顔を見せたわ。
 いや、顔を見せただけじゃなくてバスガイドに背後から抱きついている。
 な、何だか、いやらしいわ。
 背中にピッタリくっついてお腹のところに手をまわし、顎を肩に置いている。

「暑苦しいから、離して」

「つれないなぁ。リッちゃん」

 でも、バスガイドは物凄く迷惑そう。
 逆に酔いどれさんは自分がして欲しいみたいな目つき。
 はぁ…。
 有能なのかどうか全然わかんないけど、この3人って…。

「明日は六甲のグランマのとこに行くの。
 シンジがどうすんのかはわかんないわ。
 全然話してないから。それでいい?」

 私はそれだけ言うと、3人に向かって手を振った。
 見ていて面白いけど、せっかくの修学旅行なんだもん。
 トリオ漫才は遠慮しておくわ。
 どうせまた姿を現すんでしょうから。
 そう思って、私は背中を向けた。
 何だかそれでも騒がしかったけど、振り返らなかったわ。
 ほらね、あいつらに関わってたからシンジたちを完璧に見失っちゃったじゃない。
 ま、追っかけてるわけじゃないから、別にいいけど。
 ……。
 嘘よ、嘘!
 どこいっちゃったのよぉ〜!



 2日目の夜。
 奈良の旅館じゃなくて、大阪のど真ん中のホテル。
 よし。ベッドだから寝相の悪さは大丈夫。
 それが、その夜もレイは私を放さなかったの。
 紐で繋いでおけばって冗談交じりにいったんだけど、
 自分でしっかり抑えておかないと気がすまないんだって。
 まったくもう…。
 てことで、目を丸くしているヒカリをまったく気にせずにベッドに入ったレイは
 こっちへ来いとばかりに私を手招きする。
 ちょっと勘弁してよ。
 ヒカリの方を見ると、それはもう思い切り笑いを堪えてる。
 てことで、今日も私はレイと二人でおやすみ。
 レイは何となく嬉しそう。
 昨日と同じよね、あの表情は。
 仕方がない。
 私はベッドに上がったわ。
 上がった瞬間にぐいっと手を引っ張られて、また抱き枕状態。

「ふふ、これで今宵もまた惣流さんはよからぬことができませんね」

「はいはい。どうせするつもりもありませんけど」

「くすくす。嘘ばっかり」

 ホントに楽しそう。
 でも、明日になったらこのレイの表情も固くなってしまうんでしょうね。
 シンジを私と一緒に行かさないように。
 レイは何を考えてるんだろう。
 あんなに嫌いだって言ってる私にくっついて眠るなんて。
 私を懐柔して…ってことないわよね。
 そんなことするような娘じゃない。
 寧ろ正面から直球で来るはずよ、レイなら。
 まったく、どうなっちゃうんだろ?
 あれからシンジとは何の話もしてないって言うのに。
 ま、いっか。
 こんな感じのレイに明日のことは考えたくない。
 そんな風に逃げている私を軽蔑してしまう。
 結局、私ってレイのことが好きなんだと思う。
 あっ!そ〜いう意味じゃないからねっ!言っとくけどさ。
 でもって、レイに抱きつかれているうちに私は眠ってしまったの。
 
 翌朝。
 やっぱりレイの方が早起き。
 私が目覚めた時、彼女の姿は部屋にはなし。
 どこだろ?
 シンジのとこかな?
 ふぅ…。
 私はベッドの上で胡坐をし腕組みをする。
 さあ、どうしよう。
 今日のことよ。
 自由行動。
 シンジが私と一緒に来るって言ってくれたこと。
 その言葉を聞いてから、全然シンジとはお話できないんだけどさ…。
 だけど、私は信じてる。
 レイには悪いけど、あの時のアイツの目は真剣だった。
 でも…。
 私はこれだけははっきり決めていたわ。
 もし…、もし、シンジのヤツが浮ついた気持ちで…、
 レイのことが好きなのに、私と神戸に行くって言うんなら、私、アイツをぶん殴る。
 そんなの、絶対に許さない。
 はは。マナがこれを知ったら、また言われるんだろうな?私が馬鹿だって。
 手段を選ばずにシンジをゲットすればいいじゃないとね。
 私って救いようのないお馬鹿さんなのかな?
 まあ、いいわ。
 私は私の道を往くんだから。
 ……。
 正直、その道の先にシンジがいてくれたら言うことないんだけどね。
 お願い、神様!

 

Act.52 アスカは二刀流?  ―終―

 

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第52話です。
『どたばた修学旅行』編の2・神戸編、その前編になります。
ここで話は大きくうねります。
今回は台詞のなかったシンジ君がついに動き出します。
でもレイに知られてしまっただけにどうなりますことやら。
さて、次回は『修学旅行 神戸編』中編です。